MENU

【成人向き】蜜の朝餐(デジュネ)~氷の女帝、理性の崩壊~【後編】

目次

【成人向き】おはよ♡昨日はすごかったね、朝ごはん作ったよ♡チュッ♡【後編】

『蜜の朝餐(デジュネ)~氷の女帝、理性の崩壊~』
【あらすじ】 「残さず食べなさい。……私の愛(すべて)よ」
オフィスでは《氷の女帝》と恐れられる三十四歳の独身管理職・玲子。 冷徹な仕事ぶりで周囲を震え上がらせる彼女には、誰にも言えない秘密があった。 それは毎朝、一回り年下の部下である「俺」の部屋に押しかけ、バターと脂、そして自身の重すぎる愛情をたっぷりと注ぎ込んだ高カロリーな朝食(エサ)を与えること。
「管理」という名目で部下を飼育しようとする玲子と、その歪んだ愛を胃袋で受け止める「俺」。 職場での絶対的な主従関係は、夜の帳(とばり)が下りるにつれ、甘く、粘着質な情事へと変貌していく。
理性のタガが外れた熟れた果実が、雄(オス)の熱に溶かされた時―― 彼女は鬼上司の仮面を脱ぎ捨て、ただ愛を貪る一匹の雌へと堕ちていく。
オフィスとキッチン、二つの密室で繰り広げられる、濃密で重(ヘビィ)な社内恋愛譚

前編→

中編→


第十一章 午前六時二十分、雄(オス)の宣戦布告

先輩が「明日、ちゃんと話す」と告げたあの夜から、俺の意識は浅い微睡(まどろみ)と、下半身の疼きとの狭間を彷徨っていた。 瞼を閉じれば、昨夜のタクシーでの出来事が蘇る。俺のジャケットを握りしめた白い指、恥辱に濡れた瞳、そして俺の胸に押し付けられた額の熱さ。
――彼女は、逃げる気だろうか。 ――「上司と部下」という安全な塹壕(ざんごう)に、再び身を隠し、貞淑な女のふりをするつもりだろうか。
34歳、管理職。失うものの多い彼女が、保身のために防衛線を引くのは論理的な帰結だ。 だが、凍てつく朝のホームで、肺を刺すような冷気を吸い込んだ瞬間、俺の中で何かがカチリと音を立てて噛み合った。理性の安全装置(セーフティ)が外れる音だ。
「……逃がすか」
そこで、決めた。 彼女が迷うなら、俺は迷わない側に立つ。 告白だとか、愛の言葉だとか、そんな甘美な装飾はいらない。 ただ、彼女が作った檻をこじ開け、その奥にある柔らかい部分を暴くだけだ。「待つ」という受動的な姿勢は、今ここで廃棄する。

午前九時。 オフィスのドアが開き、彼女が現れる。 完璧なシルエットのタイトスーツ。ヒールの音が、カツ、カツ、と冷徹にフロアを叩く。 その表情はいつも通りの鉄壁――いや、僅かに硬い。まるで、貞操帯を締め直した修道女のような禁欲的な空気を纏っている。
視線が一瞬だけ絡み合う。 だが、それは触れた瞬間に、火傷を恐れるように逸らされた。
(……逃げる準備をしているな)
俺は立ち上がった。躊躇いはなかった。 足音を忍ばせ、彼女のデスクへと近づく。そこには、彼女特有の甘い香水と、緊張から来る微かな汗の匂いが漂っていた。
「先輩」
静まり返ったオフィス。 吐息がかかる距離。周囲には業務連絡に聞こえ、彼女にだけは雄の唸り声に聞こえる絶妙な音量。
「……何」
声が低い。完全なる防御態勢(ディフェンス・モード)。 彼女は書類に視線を落としたまま、キーボードを叩く手を止めない。俺との間に見えないガラスの壁を築こうとしている。
「昨日の件ですが」
「今は、業務中よ。私的な話は――」
「俺、困ってませんから」
遮ろうとした彼女の言葉を、俺の声が鋭く切り裂いた。 先輩の指先が、空中でぴたりと止まる。
「噂とか」
「……」
「貴女の立場とか」
「……」
「全部込みで。……貴女に汚されるなら、本望です」
ひとつひとつ、噛み含めるように、俺は言葉を紡ぐ。
「先輩が気に病むほど、俺は綺麗事じゃ済ませる気はないです。……この関係を」
周囲の雑音が遠のき、世界には俺と彼女だけの重力が働いているようだった。 先輩はゆっくりと顔を上げ、俺を真っ直ぐに見据えた。 その瞳孔は開き、俺の魂の底を試すように、じっとりと濡れていた。
「……それ、世間では『破滅願望』って言うのよ」
「いいえ。『覚悟』です」
「簡単に言うわね。その重さが、分かってるの? ……私という女の、重さが」
「簡単じゃないから、言いました。その重さごと、抱くつもりです」
沈黙。 その数秒間、俺たちは視線だけで互いの領域を侵食し合い、精神的な交合(まぐわい)を行っていた。
「……私が、距離を取ろうとしたら?」
震える声での、最後の抵抗。試すような問いかけ。
「取らせません。……地の果てまで、追いかけます」
即答。 先輩の柳眉(りゅうび)が、驚きに微かに跳ね、そしてとろんと下がった。 張り詰めていた糸が切れ、雌としての本能が、雄の支配を受け入れた瞬間だった。
「……ずるい」
その声に、拒絶の色はなかった。あるのは、降伏を受け入れた女王のような、甘い諦念と、隠しきれない期待。
「今日」 先輩が、誰にも聞こえない、湿った声量で囁く。
「終業後、時間ある?」
「あります。朝まで」
「……ちゃんと、するから」
昨夜と同じ言葉。だが、その響きは違う。 「話す」とは言わなかった。「する」と言った。 それは、言葉による対話ではなく、肉体による対話への招待状だ。
「はい」
それだけで十分だった。 席に戻る途中、同期が不審そうに小声で尋ねてきた。
「……おい、今の空気、何? お前ら、フェロモン漏れすぎだぞ」 「さあな」
俺は笑って誤魔化したが、下半身の熱は冷めるどころか、高まる一方だった。 これはもう、「様子見」のフェーズではない。 俺たちは、戻れない一線を越え、獣のように貪り合うための助走に入ったのだ。

午後。 先輩はいつも通りの「鬼上司」として振る舞おうとしていた。 だが――俺の方を見る時間が、コンマ数秒だけ長い。 その視線は、俺の首筋、腕、指先を舐めるように這い回り、今夜の獲物を査定しているかのようだった。
定時前。 退路封鎖の時間が近づく。 先輩が立ち上がり、資料を抱えて俺のデスクの横を通り過ぎる。 すれ違いざま、彼女のヒップが俺の肘に触れ、甘い囁きが落ちてきた。
「……今日は、寄り道しないで帰るわよ」
「どこへ?」
「……私の、部屋」
それは、命令であり、実質的な「召喚状」だった。 俺は思わず口元を緩め、その背中に向かって言い放つ。
「はい。――今夜は、逃がしませんから」
先輩は一瞬だけ目を見開き、耳まで熟れた果実のように赤く染めて視線を逸らした。
「……ほんと、そういう『雄の顔』するの、やめなさい。……股の奥が、熱くなるから」
最後の言葉は、聞き取れないほどの独り言だったが、俺の本能はそれを確かに受信していた。 窓の外、東京の夕暮れは、血の色のような紫色を帯びている。 今夜、この《氷の女帝》が完全に溶かされ、ただの雌として俺の下で鳴く姿を想像し、俺は渇いた喉を鳴らした。


第十二章 夜の公園、熟女の陥落(チェックメイト)

終業後。 先輩は宣言通り、無駄な寄り道を一切しなかった。 エレベーターを降り、ビルの外へ出ると、彼女は迷うことなく夜の闇へ向かってヒールを鳴らす。その背中は、これから処刑台へと向かう罪人のように、張り詰めていた。
「……静かなところがいいわ。……声が、漏れてもいい場所」
そう言って彼女が選んだのは、オフィス街から少し離れた、街灯が頼りなく点滅する小さな公園だった。 ベンチ。湿った夜風。遠ざかる都会の喧騒。 ここは、世界から切り離された二人だけの法廷であり、取調室だ。
「……ここなら、誰にも聞かれないから」
ベンチに腰を下ろしながら、彼女は呟いた。スカートの裾を無意識に直す仕草が、防御本能の表れだ。 沈黙が落ちる。 月明かりの下、彼女は白魚のような指先を強く組み、伏し目がちに口を開いた。
「昨日のこと」 「はい」 「私……否定しきれなかった。……身体が、反応してしまった」
一拍。彼女の声が、湿り気を帯びて震える。
「それだけで、社会人として、上司として、……淫乱失格なのよ」
彼女は自分自身を裁く検察官のように、罪状を並べ立てていく。
「上司という立場」 「三十四歳という、女としての消費期限」 「部下を性の対象にするという禁忌」
一つひとつ、自分を追い詰め、俺を遠ざけるための言葉の礫(つぶて)。それはまるで、纏っている服を一枚ずつ脱ぎ捨て、醜い傷跡を見せるような自虐的な露出だった。
「……普通に考えたら、あなたが損をするだけ。私の重くて粘着質な感情に、あなたが窒息することになる」
俺は黙って聞いていた。 彼女の論理は完璧だ。だが、その前提にあるのは「俺を守りたい」という歪んだ自己犠牲ではない。自分のプライドを守るための、薄っぺらな鎧だ。
「噂になって、仕事に影響して、あなたがキャリアに傷をつける……」
ここで初めて、先輩は俺を見た。 その瞳は、拒絶を願いながら、その実、俺に暴かれたいと願う雌の瞳だった。
「……それでも?」
それは問いかけではない。確認だ。 この腐臭漂う泥沼に、共に沈み、共犯者になる覚悟があるのかという、最後の審判。
「それでも、私の中に来るの?」
立場は、完全に逆転していた。 今、追い詰められているのは俺ではない。逃げ場を失い、震えながら股を閉じているのは先輩の方だ。 俺は、ゆっくりと立ち上がり、彼女の座るベンチに片足を乗せた。 逃げ道を塞ぐ。物理的にも、精神的にも。
「先輩」 「……っ、はい」 「俺、振り回されてなんていません」
即答。 俺の影が、彼女を覆い隠す。
「今までで一番、貴女にちゃんと向き合ってもらっていると思ってます。……その、いやらしい部分も含めて」 「……っ、私は、面倒な女よ」 「知ってます。夜も、朝も」 「重いし、嫉妬深いし、……独占欲も強い」 「朝ごはんの量も、貴女の愛液(あい)も、多いですよね」
俺が低く笑うと、彼女は虚を突かれたように唇を半開きにした。
「でも」 俺は続ける。容赦なく、彼女の理性のコルセットを剥ぎ取っていく。
「逃げ道ばかり用意して、予防線を張って、不感症のフリをしているのは、いつも先輩の方です」
先輩が息を詰める。喉の奥で、ひゅっ、と音がした。
「立場とか、年齢とか、世間体とか。……全部、ダミーですよね」
沈黙。夜風が、二人の間の熱を冷ますどころか、煽るように吹き抜ける。 俺は顔を近づけた。彼女の熱い吐息がかかる距離。
「……本当は」 俺は、核心を突く言葉(ナイフ)を選び、もっとも柔らかい場所に突き立てた。
「俺が若い女に目移りして、先に離れていくのが、一番怖いんじゃないですか? ……この、臆病な三十四歳」
先輩の華奢な肩が、びくりと大きく跳ねた。 図星。 彼女は何かを言おうとして唇を震わせ、けれど言葉にならず、深くうつむいた。その瞳から、大粒の雫がこぼれ落ちる。
「……それは」
否定しようとして、できなかった。 論理武装が解除され、残ったのは、愛されることを渇望する、ただの一匹の雌の心だけ。
「……ずるい」
いつもの言葉。 だが今度のそれは、完全に退路を断たれ、白旗を揚げた敗北者の、甘い降伏の喘ぎだった。
「……これじゃ、私が先に……発情したみたいじゃない」
先輩は、観念したように、自嘲気味に笑った。 その笑顔は、今まで見たどんな表情よりも無防備で、男を狂わせるフェロモンに満ちていた。
「認めたら、もう戻れないのに」 「戻らなくていいです。……堕ちるところまで、堕ちましょう」
俺は一歩、距離を詰めた。 もう、誰も入ることのできない、粘膜接触の距離へ。
「先輩」 「……なに」 「俺を“部下”として見ないでください」
俺は彼女の濡れた瞳を真っ直ぐに見据え、最後の一手(チェックメイト)を打つ。
「一人の雄として、俺を選んでください。……今ここで」
完全に、逃げ道を塞いだ。 先輩はしばらく黙っていた。潤んだ瞳で俺を見つめ、やがて何かを諦めたように、大きな、熱い息を吐いた。
「……あなた」
先輩の声は、低く、ねっとりとした熱を帯びていた。
「ほんとに……覚悟を決めると、たちの悪い雄ね」
口調は憎まれ口。けれど、その顔はもう「鬼上司」ではなかった。 頬を染め、獲物を前にした俺に服従し、その支配を待ちわびる「女」の顔だ。
「……今日は」 先輩はゆっくりと立ち上がる。その足は、微かに震えている。
「答え、言葉じゃ出さないわよ。……まだ」 「はい」 「でも」
彼女は振り返り、月の光を背に受けて、妖艶に微笑んだ。
「もう、逃げない。……私の全て、貴方にあげる」
それだけで、十分だった。 公園を出て、駅へと向かう道ではない。俺たちは無言のまま、タクシー乗り場へと歩き出した。 並んで歩く二人の間に、かつてのような「測るべき距離」はもう存在しない。あるのは、これから交わされる濃厚な時間の予感だけだ。
東京の夜は、いやらしく輝いている。 そして俺は確信している。 追い詰められ、観念し、自ら檻に入ったこの愛すべき先輩は、今夜、俺のベッドの上で、その理性の全てを崩壊させるだろうと。


第十三章 真夜中のキッチン ――雌(わたし)の論理崩壊(システム・ダウン)

……静かすぎる。 部屋に戻り、足を締め付けていたハイヒールを玄関に乱雑に脱ぎ捨てる。 ストッキング越しの足裏にフローリングの冷たさが伝わるが、私の火照った身体を冷やすには到底足りない。
リビングの照明をつける。見慣れた家具、整頓された空間。そこは深海のように静まり返っている。 それなのに、私の股の奥と、胸の鼓動だけが、空襲警報のように騒がしい。
(……逃げなかった)
それだけで、今日の勝負は私の「負け」だ。 完敗だ。でも、なんて心地よく、甘美な敗北感だろう。
ソファに深く沈み込み、天井を仰ぐ。 瞼を閉じれば、あの公園での光景が蘇る。彼の熱い吐息、私を捕食しようとする飢えた瞳。 思い出して、下腹部がきゅん、と疼く。 私は突き動かされるようにキッチンに立ち、喉の渇きを癒やすために冷蔵庫を開けた。
冷気と共に、庫内の白い明かりが私を照らす。 そこにあるのは―― 卵。牛乳。バター。 いつもの「三種の神器」。私の手料理(エサ)の材料。
(……また、作る気?)
私は自分自身の卑しさに呆れて、ふっと熱い息を漏らす。 懲りない女。 私の指先は、無意識に卵の滑らかな殻を撫でている。 それはまるで、自分の排卵を確かめるような、根源的な生殖本能の現れだ。
あの公園での言葉が、壊れたレコードのように頭の中で再生される。
――「俺を雄として選んでください」
ずるい。 あんな、獣のような真っ直ぐな瞳で言われたら、誰も抗えない。 私が必死にかき集めた「上司」という鎧も、「年齢」という防波堤も、彼は素手で、しかも暴力的なまでの愛撫で、すべて剥ぎ取っていった。
(……部下のくせに。生意気な雄のくせに)
……違う。 彼はもう、ただの部下じゃない。 私の心の、理性の最奥にある、一番柔らかくて濡れた場所まで侵入してきている。
私は冷蔵庫を閉め、その冷たい扉に熱い額を押し当てた。 三十四歳。 果実で言えば、完熟し、指で押せば蜜が溢れ出す時期。枯れるにはまだ早いが、腐り落ちる恐怖とも隣り合わせだ。 これまで、私は自分の感情を完璧に管理(マネジメント)できていると思っていた。 仕事のプロジェクトと同じように。人間関係も、リスクヘッジをして、想定の範囲内で処理してきた。
なのに。
朝五時半のキッチン。 白身を切るように、トロトロになるまで執拗に混ぜ合わせた卵液。 彼が起きる時間を逆算し、少しでも温かいまま――私の体温と同じ温度で食べさせようと並べた皿。
あれは、部下への管理でもなければ、上司としての義務でもない。 ……あれは、純粋な「求愛行動」だ。 私の味を、私の遺伝子を、彼の中に注ぎ込みたいという、混じりっけなしの、重たくて、粘着質な欲望だった。
「……ほんと、淫らな女ね」
静寂に溶けるように、自嘲の声が漏れる。 相手は一回り近く年下で、部下で、私がその気になれば権力で潰せてしまえる立場なのに。 それでも。 彼が「俺、困ってません」と言い切り、私を押し倒す勢いで迫った時。 逃げる準備をしていた私の足は、魔法にかかったように動かなくなり――股の間が、じわりと濡れた。
(……犯されたかったんだ、私)
ずっと、心のどこかで願っていた。 「仕事ができる上司」という肩書きじゃなく。 「頼れる先輩」という役割じゃなく。 ただの雌としての私自身を、誰かに暴いてほしかった。めちゃくちゃにしてほしかった。
「……好き」
ポロリと、零れ落ちた。 驚くほど静かで、そして卑猥な響きだった。 ドラマのような綺麗な感情じゃない。もっと生々しく、ずっしりと重い。 彼の眠そうな朝の顔。 仕事中に私を見る、獲物を狙う目。 何も言わずに私を待つ、あの誠実で強引な態度。 気づいたら、そのすべてを独占し、彼を私の部屋(おり)に閉じ込めたくなっていた。
キッチンのカウンターに置いたスマートフォンを手に取る。 画面を点灯させ、メッセージアプリを開きかけ――そして、閉じる。
(……だめ。直接、言う) (そして、直接、触れる)
それくらいの誠意は、見せなきゃいけない。 明日、彼の顔を正面から見て。逃げずに、視線を逸らさずに。 私の身体の全てを使って、彼に降伏を伝えるのだ。
「……覚悟決めた顔するの、やめなさいって言ったのに」
小さく笑みがこぼれる。 私のペースを乱し、私を発情させる、あの生意気な表情。 でも。 (……悪くないわ。あの顔でイカされるのも)
キッチンの照明を消す。 闇に包まれた部屋で、私は衣服を脱ぎ捨て、裸でベッドへと潜り込む。 冷たいシーツの感触が、素肌に心地よい。その中で、ドクンドクンと脈打つ自分の子宮の音を聞く。
もう、否定しない。 上司とか、年齢とか、世間体とか。 そんなつまらない「ゴム」のような障害物は、今日のゴミと一緒に捨てた。 それでも私は――あの雄を選ぶ。
「……明日」
暗闇の天井に向かって、私は誓うように、そして喘ぐように呟いた。
「ちゃんと、抱いてもらうから」
東京の夜は静かだ。 そして私は今、初めて「逃げない」と決めた自分を、少しだけ誇らしく思いながら、彼との甘い情事を夢見て、泥のような微睡(まどろみ)へと落ちていった。


エピローグ:世界は回り、硝子の城は蜜の味

翌週の月曜日。 オフィスは、週末の情事などなかったかのように、無機質な呼吸を繰り返していた。 コピー機が紙を吐き出す乾いた音。無数のキーボードが叩かれる電子的なリズム。 世界は、驚くほど平然と、そして残酷なほど普通に回っている。
先輩は、いつも通り定刻に出社した。 隙のないタイトなスーツ。一分の乱れもなくまとめられた髪。感情を凍結させた冷静な表情。 完全なる「鬼上司」仕様の再起動(リブート)だ。 だが、俺だけは知っている。その鉄壁の鎧の下に、昨晩俺が刻み込んだ無数の愛咬(キスマーク)と、まだ消えない指の跡が隠されていることを。
「おはようございます」 「……」
返ってくるのは言葉ではなく、冷ややかな一瞥。視線はあくまで業務用の冷徹さを保っている。 ――だが。 俺のデスクの横を通り過ぎる、その一瞬。 彼女の足が、コンマ数秒だけ止まった。鼻腔をくすぐるのは、オフィスには不釣り合いな、甘く熟れた雌の香り。
「……資料、あとで私のデスクへ」
それだけ。 言葉は事務的だ。しかし、そこに滲む声色は、昨日までとは決定的に違う。 それは、「あとで」という言葉に「二人きりになれる場所で」という意味を含ませた、共犯者にだけ聞こえる湿った周波数だった。

昼休み。 「……ねえ」 社員食堂で、同期が不思議そうに肘で突いてきた。
「最近さ、先輩、なんか……艶(つや)っぽくない?」 「そうですか? 相変わらず厳しいですよ」 「うーん、なんていうか……怒るんだけど、刺さらないんだよね。毒が抜けたっていうか、満たされた顔してるっていうか」
俺は曖昧に笑って誤魔化した。 分かる人には分かるらしい。 その毒を抜き、棘を溶かしたのは、他でもない、週末に俺が注ぎ込んだ大量の熱だということを。彼女は今、俺という雄に満たされ、牙を収めた幸福な捕食者なのだ。

午後の会議。 先輩は相変わらず厳格な指揮官だった。 「そこ、論理が飛躍してる」「詰めが甘い」――容赦のない鞭が飛ぶ。 だが―― 俺が説明を終えると、彼女は必ず一拍、ねっとりとした沈黙を置くようになった。 すぐに否定せず、俺を見つめるその瞳。それは、かつてのような監視の目ではなく、所有物を慈しむような、あるいは夜のプレイを思い出しているような、暗い熱を帯びた眼差し。
会議後。 周囲に誰もいない隙を見計らって、彼女はすれ違いざまに囁いた。
「……ちゃんと、昼(なか)に入れた?」
風のような小声。食事のことか、それとも――。
「はい。貴女のおかげで、満タンです」 「……なら、いいわ」
それだけ言って、彼女は颯爽と立ち去る。 物理的な距離はある。上司と部下という境界線(ライン)も引かれている。 でも、それはもう、俺を拒絶するために引かれた線ではない。周囲の目から、二人の爛れた関係を隠蔽するための、薄いレースのカーテンに過ぎない。

定時後。 誰もいないフロア。 書類をまとめながら、先輩が背中で語りかけてきた。
「……今日は、まっすぐ帰るわよ」 「寄り道なしですね」 「なし。……我慢できないから」
一拍置いて、彼女は付け加えた。 「……夕飯は、軽めにする。……その後が、メインディッシュだから」
それは、今夜も俺の部屋に来て、朝まで乱れるという、遠回しな宣言だった。 エレベーターホール。偶然を装い、並んで乗り込む。 鋼鉄の扉が閉まり、密室が出来上がる。 重力がかかり、二人の身体が密着する寸前の距離。一階に着く直前、先輩が前を向いたまま、震える声で小さく言った。
「……職場では、今まで通り厳しく管理するわ。貴方は私の部下だから」 「はい、望むところです」 「でも」
ちらりと、潤んだ瞳がこちらを盗み見る。その顔は、もう上司のものではない。
「……それ以外の時間は、貴方が私を管理して。……好きにしていいから」
それは、彼女なりの最大の譲歩であり、「プライベートでは貴方の雌になる」という、完全なる愛の降伏宣言だった。
「十分です。……たっぷり、可愛がりますよ」 「……ほんと、生意気な雄(オス)」
憎まれ口を叩く彼女の口元が、隠しきれない悦びで緩んでいる。 その唇は、早くも夜の予感に濡れていた。

翌日からも、世界は何食わぬ顔で回り続けるだろう。 鬼上司は鬼上司のまま。部下は部下のまま。 ただ一つ違うのは―― かつて戦場のような慌ただしさだった朝五時半のキッチンが、これからは情事の後の気怠さを共有する、甘く退廃的な場所になるということ。 そして、互いの服の下にある「刻印」を知っているということ。
東京の朝は、今日も早い。 けれど俺はもう、彼女からの「重すぎる愛」を恐れることはない。 その重さこそが、俺をこの官能的な世界に繋ぎ止めてくれる、心地よい重力なのだから。 俺はこの先もずっと、この愛すべき《氷の女帝》を、熱で溶かし続けるのだ。
―― 完 ――

前編→

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次